小学校教員は不足する。若手が辞め採用志願者も減る未来がすぐそこまで来ている


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自分はこの業界に勤めて既に10年以上を経過した人間です。

その期間だけでも、小学校教育の世界は随分と様子が変わりました。

  • 着任して1年目〜4年目位の若手教員が離職している
  • 臨時教員が見つからない自治体が現れ始めている
  • 採用試験の志願者数が減り、倍率確保に走り回る自治体がある

あまり良いニュースはありません。あるとすれば、今の10代20代の能力が間違いなく昭和の人間よりも秀でていることぐらいでしょうか。実際すごいですよ、今の10代20代のポテンシャル。これって少し前までの教育が実は良かったということの表れなんじゃないかと思っています。

 

話が逸れました。

今回は小学校教員を取り巻く若手の離職問題について、業界の内側から考えてみようと思います。

 

若手が小学校教員を離職する問題

多くを求められすぎている

昨今、教員に求められるものが随分と増えました。

公的に求められているものとしては、英語、ダンス、プログラミング、総合的な学習の時間、色々です。

時代に合わせて新しい指導内容を取り入れるのは良いんです。わかります。

問題はその後ですよ。新しいものを入れた分、何かを削ったりしているのでしょうか?削っていないんです。

コップに新しい水を入れたければ、それまで入っていた水を減らさないと溢れてしまうのは当たり前の話。

 

実際、来年度から英語の時間を週あたり1時間増やして行いなさいというお達しが出ていますが、その分他の教科が1時間削られたなんて話は無いんです。

どうすればいいんでしょうねこれ。5年生と6年生の週の時間割にもう一つ授業が加わるわけです。しかし加えられるコマなんてもうどこにもありません。じゃあ7時間授業でもやっちゃいましょうか?勤務時間は超過することになりますが。

ただでさえ公務員離れが進むこの時代に色々な負担を求めてしまっては、感覚の鋭い若い人達が去っていくのは当然の話です。

 

担任の発想が許されたのは昔の話

求められるのは制度上だけではありません。仕事のやり方についても、未だかつてないほど複雑なものを求められています。

以前の学校は基本的に子ども、保護者、担任の関係性で成り立っていて、それを包む学年団という担任組織がある状態でした。一人一人の担任が自分の学級に責任をもちつつ、立場の近い担任同士が横の繋がりで互いにカバーし合う流れです。

最近はその横のつながりが分断されています。求められるのは縦の繋がり。

上司の命令に従って動き、細かな報告をすることが強く求められています。

子どもと保護者が幸せならそのやり方もいいでしょう。ですが、実際には縦で動くやり方は家庭と担任の間に歪みを生んでいます。

理由は明白。

組織の構造上、上の立場になればなるほど子どもの姿が見えなくなるからです。

そして上の立場の人間は、子どもの姿が見えなくなった代わりに国や自治体からの声が届きやすくなります。

子どもの姿から出発するのではなく、テストの点や議会対策、村興しの視点から担任の動きが決められてしまう世界がそこにはあります。

 

オール◯◯、チーム◯◯の思想に両手両足を縛られる教員

スタンダードという言葉を聞いたことはありますか?

現在、学校教育を席巻している言葉です。

みんなで足並みをそろえて教育活動を行いましょうということですが、果たして足並みを揃える必要はあるのでしょうか。

子どもの姿を見て、それに応じて柔軟にやり方を変えることこそ必要なのではないでしょうか。

新しいことを始めるのにいちいち会議を開いたり上司へのお伺いを立てているようじゃ遅いんです。

せめて学級単位の教育活動は担任の裁量の下に自由に行われるべきです。かつてはそうだったんです。

いつからか始まった民間ごっこが担任の両手両足を縛り付けています。というか民間はこんなに非効率的じゃないでしょうに。

 

勤務待遇は悪い。労働者の我慢で成り立っていた世界

労働者には8時間の拘束時間に対し適切な休憩時間を設けることが義務付けられています。大体の職種では昼食をとる12時から13時ぐらいまでが休憩時間として設定されているのでしょうか。

日本の小学校教員の場合、昼食時間は休憩ではありません。子ども達の昼食を監督指導する給食指導の業務があります。

ではどこで休憩時間をとっているか。子ども達が下校した後の15時半辺りからが休憩時間とされている学校がほとんどです。

この休憩時間は形骸化しており、積極的に休憩をとる教員はまずいません。

普通に会議が入っていることもざらで、この休憩時間に教室で居眠りでもしようものなら見つかり次第説教モノです。

休憩時間って何なんだろう?職務から解き放たれる時間じゃないんでしょうかね。教員は休憩時間というものをよく知らないのでよくわかりません。本当に。

 

それに、休憩時間を潰して仕事しないとその日にやるべきことが消化できないんですよ。

子供達を帰して3時半。3時35分から4時20分までが休憩時間。そして4時35分までが再び勤務時間。

休憩後の15分間では、次の日の授業の準備はとてもじゃありませんができません。休憩時間から取り掛からないと物理的に無理なんです。

今の小学校教育は教員の我慢の下に成り立っています。もう我慢している意識すら無いのかもしれません。

 

しかし、労働者の権利意識をしっかりと学んでいる今の若い世代はこの問題を見逃しません。

 

全国学力・学習状況調査が学校教育の目的を根本から変えた

通称学テ。調査という名目ではありますが、残念ながら現場はそれを調査だとは受け取っていません。

各都道府県の教育委員会が、他県に追いつけ追い越せと必死に数字を上げる方策を進めています。

その煽りを受けることになる各学校の管理職たちは尻に火がついた状態で、特に高学年の担任達に6年生4月の学テに向けた準備は大丈夫なのかとチクチク攻撃をするわけです。

会議の中でも話題に出るのは学テ学テ。全ての教育活動が学テを基準に語られています。学校教育ってそういうものなのでしょうか。

 

もはや小学校教員は面白い仕事ではない

少なくとも自分がこの業界に入った頃の小学校教員は楽しい仕事でした。

勤務時間はアホみたいに超過していましたが、子供の成長のため保護者の安心のための仕事が多かったので、それを苦とは思わず働くことができました。

しかし、もはや小学校教員は面白い仕事ではありません。子供達と向き合うことも保護者に寄り添うことも軽視され、ただただ上の機嫌を伺いながら数字を出すだけの仕事です。

小学校のという仕事に見切りをつけて業界を去る流れは、この先更に加速していくでしょう。

 

どうしてこうなってしまったのか?どうすれば小学校教育を充実させることができるのか。

海外の先進的な教育を見ればある程度答えが出ているように思えますが、そこは法律の違いがネックになります。じゃあ政治に働きかけて法律を変えれば!となるのですが、教職員は政治活動が制限されているのでそうもいきません。八方塞がりです。

 

北欧辺りの教育、スウェーデンの教育事情を何度か読みましたが、とても憧れます。日本の教育も同じぐらい豊かなものになってほしいなと思います。思うだけで何もできませんが。